2010年11月8日月曜日

ネパール旅行 2

 
Posted by Picasaアスタムコット村見学の途中の景色です。まるで昔の日本みたいです!茅葺屋根に、土壁(ただし牛糞でこねている。繊維がたっぷりで、昼間涼しく、夜温かい、呼吸する壁になる。乾燥すると臭いがなくなり、年を経るごとに頑丈になるそうです)の家。隣には家畜小屋、そしてバイオガスシステムの牛糞の投入口!があります。(はなの家からこの村にこのシステムが広がり普及しています) そして、家の周囲にはバナナの木などの樹木と畑が広がっています。庭先も日本の農家にそっくりで、脱穀前のヒエの穂を乾かしていたり、山羊の子がぴょんぴょん跳んでいたり、赤ちゃんが籠で寝ていたり、とても親しみが持てました。

下の写真は、「はなの家」ご自慢の、五右衛門風呂です。外から薪をくべて燃やし、お湯を沸かします。大きな銅鑼のようなフタを開けると、果たして大きな木のスノコが浮かんでいました!そ~っとバランスをとりながら、足の裏で押さえるように沈めて入りました。停電に備えて、「はなの家」製の蜜蝋ロウソクに火をともし、子供たちも大はしゃぎ!(入ったのは夕方でした。写真は翌日昼間撮ったものです)
お湯がとても柔らかく、中々湯ざめしません。すべてが自然の素材でできているだけで、こんなにも癒されることに感動しました。
「はなの家」のスタッフさん達に感謝です。「はなの家」で働いているスタッフさん達は皆、近隣の村から通ってくるネパールの方たちなのですが、「ここが自分の家だと思って、なんでも言ってくださいね」と日本語で話しかけられ、びっくり。インドに戻って頑張る元気がまた湧いてきました!

ネパール旅行 1

10月11日~14日まで家族でネパール旅行に行きました。ネパールはインドから行きやすいので(飛行機で1時間40分)デリー在住の日本人に人気があります。
 カトマンズに一泊、翌日ポカラへ国内線プロペラ機で30分の移動、ポカラからジープに乗って1時間ちょっとで、ヒマラヤを望むアスタムコット村に着きました。宿泊したのは「はなの家」。ここは、パーマカルチャー実践農場を持ち、有機無農薬栽培の新鮮自家製お野菜を、美味しい日本食で供してくれる宿です。スタッフさんが、敷地内を案内してくれました。畑の中にある、バイオガス装置に感心しました。井戸のような穴があって、そこに牛糞を落とし、水も入れて攪拌、地下にあるタンクで熟成され、最終的には、キッチンの煮炊きに使われるメタンガスと、畑に散布される無臭の透明な液肥が作られます。この過程ですべてのバイキンは死滅、衛生的にも二重丸です。

養蜂箱もあり、朝食のクレープには自家製蜂蜜がトローリ! さて、食事もさることながら、壮大なヒマラヤの景色と澄んだ空気がなによりのご馳走でした。早朝の景色が一番と聞き、家族そろって日の出前に起床、ご来光を待ちました。アンナプルナ連峰が180度くっきりと見え、本当に素晴らしかった!! 上の写真は、アンナプルナサウス 標高7219m、右手奥に白く輝くのが、アンナプルナ1 標高8091mです。次の写真も同じアングルですが、日が昇って数時間経つと、もう雲に覆われ始めているのが分かります。早朝は寒かったのですが、日が昇ると半袖でもOKでした。幾種類もの可憐な秋の花が「はなの家」を彩っていて、心が和みました。コスモスが風に揺れて、日本の秋のような爽やかさでした。

下の写真はアスタムコット村のヒエ畑です。もうじき収穫です。スタッフさんに連れられて、村の見学ツアーに行きました。山の斜面から尾根にかけて村が広がっているので、ちょっとした運動になるお散歩です。4才のPEHくんは、スタッフのラメッシュさんがずっと手をつないでくれていました。ロキシー酒(ひえ焼酎)はネパールの名産。「はなの家」では夕食前に、暖炉を囲んでスタッフさん達との談話タイムがあります。ロキシー酒のぬる燗、鶏の軟骨焼き、枝豆、どれもとても美味しかったです。Posted by Picasa

2010 コモンウェルスゲームズ 

2010 コモンウェルスゲームズ が、10月3日~14日まで ニューデリーで開催されました。このような国際大会があること自体、インドに来るまで全く知らなかった ので、とても新鮮な見聞ができました。以下Wikipedeia から引用します。

…Commonwealth Games は 英連邦に所属する53の国と地域から71チームが参加して、4年ごとに開催される総合競技大会。オリンピック競技のほか、英連邦諸国で比較的盛んなローンボウルズ、7人制ラグビー、ネットボールなども行われる。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4チームに分かれる。1958年大会より、聖火リレーにあたるクイーンズ・バトンのリレーが始まった。スタート地点はバッキンガム宮殿で、バトンの中にはエリザベス女王からのメッセージが入っている。障害者スポーツは、2002年大会から、陸上、水泳、卓球、重量挙げなどの一部種目で正式参加。(引用終)

今年は19回目の大会で、インドが開催国になったのは初めて。いったい開催までに準備が間に合うのかと危ぶまれていましたが、意外とギリギリセーフ?まだ会場の外回りの整備など、工事中のところも多々ありましたが、競技そのものは滞りなく終了したのでした。

ディフェンスコロニー近くにある、メインスタジアムに、家族+お友達で陸上競技を観戦しにいきました!お~っ、電光掲示板がちゃんとある!(インドなかなかやるじゃない!っていう別の意味の感動が大きかったです) 
コモンウェルスゲームズでは、同日中、同じ会場で、障害者競技も交互に行われました。パラリンピックのように分けないのです。男子競技の後、すぐに女子競技があったり、2時間程の観戦中に様々な競技を見ることができ、また国際競技大会特有の雰囲気も初めて味わうことができて大満足でした。
写真の電光掲示版は、車いす競技のスタート地点を映しています。他には走り幅跳びや円盤投げを見ました。どれも、トラックから直に躍動感が伝わって来て、素晴らしかったです。連れて行った子供たちも、選手が準備運動でちょっとその場で跳ねただけで、バネのように軽く高く跳んでいるのをみて、「すごーい!」と感歎の声をあげていました。下の写真は、参加国と地域の旗です。地理マニアのTOKOがめちゃめちゃ興奮して撮影してました^0^

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2010年11月6日土曜日

2010 ディワリ 花火

今日は5日、ディワリ当日です。3軒横のインド人のお宅。すごいイルミネーションですね。 良く見ると、ここのうちのお嬢さんが、家の前で手花火してます。この家の前の道路で大量の花火が打ち上げられました。その様子を我が家の庭から眺めたのが3枚目の写真です。(前日の夜は大量の爆竹が鳴らされて、PEHくんは、とても怖がっていました)                        我が家の屋上から四方八方で花火を打ち上げているのがよく見えました。パパも出張から帰ってきて、家族4人で花火大会気分で鑑賞しました。(PEHくんは、はじめ、とても怖がって耳をふさいでました…数時間たって、やっと慣れ、耳をふさがないでも見られるようになると、とたんに、「ぜんぜん怖くないもんね~」とえばってましたが…) 

ディワリギフトの定番、ナッツとドライフルーツの詰め合わせセットをいただきました。アーモンド、ピスタチオ、カシューナッツ、サルタナレーズンです。インドで手に入るチリの白ワインと一緒にいただきました。子供には「鼻血が出るから食べ過ぎちゃだめだよ」と言っているのに、ついつい自分が食べすぎてしまいます。 

夕食後は、マーケットで買った、手花火を楽しみました。日本のネズミ花火に良く似た、独楽花火は、高速回転している間、小さな銀河がそこにあるようで、とてもキレイでした。三角錐の吹上花火はシューッと瞬く間に終わってしまいます。銀粉が吹き付けてある、細長い金属棒の手花火は、線香花火に似た感じの火花で、PEHくんも怖がらずに自分で持って楽しめました。 
                                                                   街じゅう、いたるところで花火が打ち上げられていました。
ひとつひとつは大したことない花火なのですが、近距離なうえ、次はどこから花火が上がるか予想もつかないので、日本ではありえない、凄まじい勢いの「街じゅう花火大会」の様相を呈してきます。屋上から、「こりゃあ、すごいなぁ~」と唖然と眺め入るばかり。夜空は、花火の煙でもうもうと白くなっています。                   

Posted by Picasa3軒先のお宅で、打ち上げ花火が始まりました。お次の花火は、「インド で スターマイン、夜空の饗宴!」です!
ついつい、日本人の私は頭の中に、花火大会のアナウンスとファンファーレが流れてしまいます(笑)

河川敷で合同の花火大会を開くのではなく、思い思い各家で、花火大会をやっちゃうというのが、インドらしいと思いました。時折、あちこちで、うまくあがらなかった花火が、建物にドン!と当たる音(たぶん)がし、その後、救急車のサイレンがなっていて、危ないのであんまり出歩いてはいけないな~、と思ったことでした。

ということで、今年もめでたくインドのお正月を迎えることができました。旧年中、お世話になった皆さま、まことにありがとうございました!新しい年もよろしくお願いいたします。

2010年11月5日金曜日

2010ディワリ ディヤの灯心はルーイーの綿

じゃーん。材料が出揃いました。マーケットで買ってきた、マスタードオイル、ディヤの陶器、そして、ルーイーの綿(新聞紙でくるりと巻かれたものが、Rs20(40円)で売られてました)です!     このルーイーとは、4月猛暑に入るころ、インドワタノキ からフワフワ飛んできて、街中にただよっている、あのワタです。日本人学校の門の横にも大きな綿の木があって、その時期、グラウンド中が、その綿だらけになります。フワフワ、コロコロ転がっていく綿の塊を、うちのPEHくんは、追いかけて拾い集めていましたっけ。拾って見ると、綿の中に種があり、綿花にそっくり。 ドライバーさんに聞くと、「ルーイーですよ。拾い集めて糸にして、ブランケットを織って、冬に使うんですよ」と教えてくれました。その、ルーイーをディワリ前のマーケットで見つけたので、びっくり!灯心としても利用されていたのですね!写真の一本目の灯心は、ドライバーさんに作って見せてもらいました。綿をそっとちぎって、両手の平で撚るだけ。やってみたら意外と簡単でした。ルーイーの種の皮らしきものが残っていて、その未精製な感じも、手のひらに触れて楽しい作業でした!
                                自宅のバルコニーに、ディヤの灯りを沢山ならべました。これはディワリ前夜の写真です。小さい灯りは、ごく小さい陶器に蝋を流し込んだタイプのものです。おめかしに、赤地に金糸のリボンで巻かれています。一晩もたずに燃え尽きてしまったので、翌日、ルーイーで細い灯心を作って、マスタードオイルを入れたら、また再利用できました。どのお宅も、建物のぐるり、塀のぐるりに、沢山のディヤを灯します。翌日、陶器の底に、ルーイーの灰とマスタードオイルが残っています。インドの人は、これを混ぜ、点眼するそうです。目にいいとか(ドライバー談)。でも~、マスタードオイルって、マッサージにも使われますが、ちょっと刺激臭があって、目にいれるのはちょっと…というオイルなんです。しかも、たぶん、うまく燃え尽きなかった真黒い灯心と練り混ぜてしまったので、まるで、竹炭ペーストのようなものができてしまい、とても目にいれられない(苦笑) で、まぶたと目の周辺に塗って、後で洗いました。「ママ、パンダみた~い!あははは~!」 子供に笑われたのは言うまでもありません…                                     Posted by Picasa                             来たるインドの新しい年が、平和でありますように… 家々に輝く、無数のディアの数だけ祈りがあります。この祈りが天に届きますように…
         
自宅の庭にカレーリーフ(南インド料理に主に使われます)の木があります。バルコニーから梢に手が届きます。TOKOちゃんが、その葉っぱをとって、HAPPY DIWALI と並べてくれました。
みなさま、ディワリ、おめでとうございます!

2010ディワリ マーケットでお買いもの


7ヵ月ぶりの更新です。ずっとブログをほったらかしにしていて、ごめんなさい!!
なんと、もうディワリが来てしまいました。インドに来て2回目のディワリです。ディワリはインドのお正月です。今年のディワリは11月5日(金)。これらの写真は前日に、近所のサウスモティバーグという ローカルマーケットで撮りました。ディワリは光の祭典ですから、花火屋さんは大儲け!!我が家も楽しもうと、手花火、回転花火、ミニ打ち上げ花火など買い込みました。1枚目、パチリ、花火屋さん店内です。

新しい年を迎える嬉しさで、街はどこも うきうきそわそわしている感じです。家々ごとにディヤの灯を輝かし、ヒンディーの神様、ラーマ・クリシュナとお妃のシータを迎えるため、新しいオーナメントで飾りつけします。家の中に富と豊穣の女神、ラクシュミーをお祭りするための、色とりどりのグッズも並びます。お祭りの縁日みたいです。

店頭の毛布にご注目。ディワリを境にデリーは短い冬を迎えます。
 暑いのが得意のインドの人は、寒いのがとっても苦手!ディワリには、日本のお歳暮のように、プレゼントを贈りあうのですが、その定番の一つが、新しい毛布なのです。他には、新しいキッチンウェア(お鍋や食器など)も喜ばれます。この間、車に乗っていたら、2人乗りのバイクとすれ違ってびっくり、その2人の間にはタワーのように、ニュー毛布のプレゼントが幾つも積まれていたのでした…親戚に配るんでしょうか?Posted by Picasaマーケットはどこも混雑して、あちこちで交通渋滞が発生していますが、うきうき気分をもらっているのか、不思議といらいらしません。
我が家で働いているスタッフさんたちにも、お菓子のディワリギフトを買いました。今年はチョコレートにしました。千代紙で「はばたく鶴」(実家ではPATA PATA 鶴って呼んでました)を折り、羽に「Happy Dewali!」とペンで書き、ギフトを渡す時に、「日本では縁起のいい鳥なのよ~、ほら~、ぱたぱた~って!」と実演して見せたら、皆さん微笑んでくださり、好評でした。折り紙はとても、国際交流に役立ちますね^^

2010年4月15日木曜日

ホテル・ケープ・パンワ その2

ホテル・ケープ・パンワでのある日。お昼過ぎ、部屋に戻ってみると、ベッドメーキングが済んだ上に、タオルで作られたゾウさんが!可愛い!!
ゾウさんのおめめも、蘭の花びらを小さくちぎったものでした。ちょっとしたこういう心配りが嬉しいものです。

それほど高級感あふれるお部屋ではないのですが、このファミリールーム、一泊日本円で1万円程度、敷地内のレストランのお料理も手ごろな価格、金額を気にせず安心して注文して食べられました。大家族で泊まれる一軒家タイプのコテージ(プライベートプール付き)もこのホテルにはいくつかあって、そちらは一泊2万円程度、人気があるそうで、予約がいっぱいのため、今回は我が家は普通のファミリールームにしたのでした。あるコテージには、祖父母からお孫さんまでを含めたロシアからのご家族が泊っていらっしゃるようでした。お友達家族と一緒に泊っても楽しそうなコテージです。

このホテル、ロケーションが素晴らしかったです。
下の写真は、朝食のビュッフェスタイルのレストランからの眺めです。大好きなフルーツと生野菜を大皿いっぱいいただきました。毎日こんな朝を迎えられたらどんなに素敵でしょう!パンワ岬、なかなか去りがたい土地でした。
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ホテル・ケープ・パンワ その1


HOTEL CAPE PANWA の歴史は浜辺のこの建物から始まりました。築100年を超える、ポルトガルスタイルの中国建築。元別荘だったものを、初代オーナーが買い取りました。現在はホテルの敷地内のレストランの一つとして使用されています。二階は当時の調度品が展示されていて、食事の合間に見学するのも興味深かったです。手回しのレコードプレーヤー、昔々の大玉そろばん(一玉が5つ、五玉が2つのそろばん)、炭を入れて使うアイロンなどなど、当時の暮らしが偲ばれました。

このパンワ・ハウスは、タイ料理レストランです。辛さを控えてくれるよう頼むと、ちゃんと要望に応じてくれます。TOKOもPEHくんも、お腹いっぱい食べられました。新鮮なアンダマンの海の幸に感謝!別荘、スタッフ共にとても感じが良く、味も満点でした^^

食事を終え、すぐ目の前のビーチを散策。夜の潮風が心地よかったです。

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プーケット・コーラルアイランド

この春休みはタイのプーケットに行ってきました。パキスタンにいた頃、TOKOが2歳のとき訪れていますので、2回目になります。今回は、プーケット島南端の東にある、パンワ岬のパンワホテルに宿泊。プライベートビーチがあるホテルで、のんびりと楽しめました。中一日、ホテルから出る船にのって20分のところにある、コーラルアイランドと呼ばれる島へ行きました。下はその写真です。

シュノーケリングしなくても、ちょっと覗くだけで、シマシマのお魚の群れが手の届くところを泳いでいて、子供たちも大喜びでした!平泳ぎをしているのがTOKOで、浮き輪はPEHくんです。

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2010年3月12日金曜日

歌い続ける!

歌っていると日頃のいろいろな雑念がすっと消える。
音楽がなかったら、とても生きてこられなかったと思う。
歌はいつでも誠実な友達。

振り返ると、小さい子供の頃から歌うことが大好きだった。
幼稚園の頃、園歌をクラスで歌う時間が一番好きだった。
その園歌は、「やしの実」で有名な大中寅二さんが作曲されていて、子供心にも美しいメロディーでとても気に入っていた。
~おはよう おはよう オルゴールが呼んでいる~
歌を歌うと、その当時の空気や気持ちもよみがえるから不思議だ。

最近、ここインドで、インドにいて嬉しかったことBEST3に入りそうな、びっくりすることがあった。
日本の合唱が聞きたいと思い、アマゾンでCDをいくつか注文し、送ってもらった。その中の一つに、PHILIPSから出ている、三善晃編曲 関屋晋指揮  晋友会合唱団 「夕焼小焼 唱歌の四季」があり、ビブラートのない完璧にハモッた美しい合唱に聴き惚れていた。

CDのブックレットを見ていて、息が止まって脳天がしびれるほど驚いた。
合唱団のメンバーの名前がパートごとに紹介されているページ。アルトの中に、高校の同級生の名前を発見。姓、名、共に珍しい彼女の名前を見間違えるはずがない。

高校のとき合唱祭が大好きだった私たちは、熱心に取り組んでいた。
緑の藤棚が連なる中に、グリーンハウスと呼ばれる、ピアノが一台づつ置かれている3畳もない木造の小屋が点在する庭が、チャペルの横にあって、放課後のパート練習はそのグリーンハウスの引き戸を開けて、ピアノを横から囲んで外で行われた。藤棚の緑が風に揺れ、級友のセーラー服の襟に、葉影も揺れていたのを思い出す。

歌っている歌は…そう、高田三郎作曲、「心の四季」の6曲目、「雪の日に」だ。
本当に、私たちは歌い込むにつれ、この曲が大好きになっていった。
クリスチャン詩人の吉野弘の「雪の日に」という詩も素晴らしい。
歌うことで、詩の世界、詩の心が、17歳の私たちの心に刻み込まれていった。

私はソプラノパートで、彼女はアルトパートだった。
私は上京後、しばらく合唱とは遠ざかっていたけれど、彼女はすぐに合唱サークルに入り、定期演奏会の案内を送ってくれて、一度だけ聴きに出かけたことがある。
けれど、いつの間にか音信不通になり、あれから20年以上の月日が流れてしまった。
正直、不意打ちをくらった感じだった。しまった!
つまり、彼女はずーっと歌い続けていたということが分かったのだ。
このCDの録音はすでに14年前のものなのだが、こんなに合唱好きの人間が歌うことをやめるはずがない。今でも日本のどこかで歌い続けているはずだ。
こんなに励まされることがあるだろうか。

彼女の歌声を含んでいるはずの美しいハーモニー。
わたしも生きている限りずっと歌い続けようと思う。


(今日のブログは懐かしいこの詩を載せておしまいにします^^)

「雪の日に」

雪がはげしく ふりつづける
雪の白さを こらえながら

欺きやすい 雪の白さ
誰もが信じる 雪の白さ
信じられている雪は せつない

どこに 純白な心など あろう
どこに 汚れぬ雪など あろう

雪がはげしく ふりつづける
うわべの白さで 輝きながら
うわべの白さを こらえながら
雪は 汚れぬものとして
いつまでも白いものとして
空の高みに生まれたのだ
その悲しみをどうふらそう

雪はひとたび ふりはじめると
あとからあとから ふりつづく
雪の汚れを かくすため

純白を 花びらのように かさねていって
あとからあとから かさねていって
雪の汚れを かくすのだ

雪がはげしく ふりつづける
雪はおのれを どうしたら
欺かないで生きられるだろう
それが もはや
みずからの手に負えなくなってしまったかのように
雪ははげしく ふりつづける
 
雪の上に 雪が
その上から 雪が
たとえようのない 重さで
音もなく かさなってゆく
かさねられてゆく
かさなってゆく かさねられてゆく

2010年3月1日月曜日

ホーリー 色かけ祭り

 今日は、インド3大祭りのひとつ、ホーリーHOLIでした。午後2時ぐらいまでは色をかけてもよいと聞いていたので、午前11時~12:30ぐらいまで1時間半、子供たちと家の外に出て楽しみました。バケツにピンクの色水の粉を溶かし、道行く人に「ハッピー・ホーリー!」と叫んで、水鉄砲で色水をお見舞いするのです!歩いてる人、自転車やバイクに乗ってる人、どの人も、すでにカラフルな姿なので全く遠慮する必要なし。待ち伏せたり、逆襲にあいそうになると、家の中に逃げ込んだりと、子供たちも大興奮でした。
子供大好き、チョキダル(門番)のお兄さんたちも一緒に遊んでくれました。「ほらっ、人がきたぞっ、今だっ!」PEHくんと色水を飛ばしています。デリーはすでに夏、濡れても気持ちがいいくらいです。住んでいるVasant地区は外国人が多く住む住宅地なので、いまいち盛り上がりにかけているとのことですが、今回もまた現地スタッフさんのおかげで楽しい一日を過ごすことができました。Posted by Picasa

2010年2月28日日曜日

グジヤ 揚げパイスィーツ

明日はいよいよインド3大祭りのホーリーです。

子供たちと一緒に近くのAブロックマーケットに行きました。
インド菓子ミターイ専門店の店先に、揚げたてのグジヤが山と売られていました。グジヤは見た目揚げ餃子そっくりのお菓子です。
食感はパイそっくりで、中味はココナツやナッツがたっぷり入ったハルワ(人参or穀物の粉を大量の砂糖で炒め煮つめたデザート)をドライにした感じのフィリングがギッシリつまっています。5つ入りの小サイズの箱を一つ買いました。

今日のおやつはグジヤ。一つ食べただけで、お腹がいっぱいに。カルダモンの風味が効いていて、美味しかったです。Posted by Picasa

色かけ祭り HOLI

 明日3月1日は今年のHOLI(インド3大祭りのひとつ)です。春の訪れを喜び、今年の豊作を祈願するお祭りですが、別名色かけ祭りといって、この日は無礼講で誰も彼も色水や色粉をかけあってもよいことになっています。

昨日、PEHくんのお友達のKちゃんが、自宅のお庭を開放して数名の親子を招待してくれました。Kちゃんのご両親が各種色の粉、色水と水鉄砲を用意して下さり、色かけ祭りを事前に体験をすることができました。白檀の香りのする色粉 を、こぶしに握りしめ、走りまわり、大人の服にバーンと手形をつけても怒られないんですから、子供たちの喜んだこと!母たちも、負けじと応戦してました。
兄弟ペアが何組かいましたが、それぞれ、自分の兄弟にはとくにしつこくやり合っていました。PEHくんの、この頭!カッパと化しています!(もちろんTOKOの仕業です)
Posted by Picasa色粉でひとしきり遊んだ後は、紫の色水を水鉄砲で掛け合い、さらにすごいことに…@@;
Kちゃんご一家、楽しいひとときをありがとうございました!
 
今日は明日のHOLIに備えて、近くのAブロックマーケットへ。露天で色水の粉、水鉄砲が売られていました。TOKOちゃんとPEHくんにも水鉄砲をひとつずつ選んでもらい、ピンクと緑が2in1というあやしげな色水の粉の缶を一つゲット。中に仕切りがあるようです。

ターリー食べ放題!

                金曜日、コールマユール(コーラス)の帰り、 インド門近くにある有名な定食屋、アンドラ・プラデーシュ・バワンに連れて行っていただきました。8人で陣取り、修学旅行のようで楽しかった!マユールは、歌も楽しいけれど、こういう現地の情報交換や練習後のティータイムがまた楽しいのです。

ターリーは、南インドスタイルの定食で、おかずもご飯もおかわり自由、わんこそばのように、断らない限り、どんどんおかわりが盛られてしまいます。
今日は菜食ターリーでした。まっ白いダヒ(ヨーグルト)や、その下のココナッツがいっぱい入った甘いスィーツも美味しかったです。おかずが上4種、さらに、写真にうつっていませんが、2種のお吸い物系(酸っぱいサンバルなど)もついています。手前は主食のごはんやらプーリーやらがのっています。夏は蠅を追い払いながら食べるのが大変らしいですが、まだ、初夏のこの日、快適に食べることができました。人気店なので、食べ終わったらすぐ帰る、回転の速い店ですが、到着が13:00ごろだったので、まだピークを迎えておらず、8人一緒に座ることができました。(インドの一般的な食事時間は、朝9時、昼2時、夜9時で、日本より2時間ずつ遅い感じです)

だいぶ、現地に慣れてきたので、お腹と相談しながら、これからはB級グルメにもチャレンジしていきたいところです。
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2010年2月18日木曜日

PEHくんのお絵かき


これは最近PEHくんが描いた、姉のTOKOの顔の絵です。去年の秋ぐらいまで、いったい何を描いているのかさっぱりわからなかったのですが、やっとお絵かきが楽しくなってきたらしく、注意深く、目や口を描くようになりました。まだ、頭と胴体が分かれていなくて、たいてい、大きな顔から直接ひものような手足がひょろっと伸びています。もうしばらくしたら、この段階の絵も見られなくなるのだと思うと、とてもいとしい絵だなぁ、と思ってしまいます。

2010年2月10日水曜日

現地理解体験


去年2009年12月に日本人学校で現地理解体験日というのがありました。校庭で、ゾウやラクダに乗ることができるのです。幼稚園児も親同伴で参加可能で、大いに親も楽しみました。左の写真のゾウに乗っているのは、PEHくんと私です。10~12月はインドのベストシーズンで、涼しくて爽やかな青空の下、ゾウの背中でゆうらりゆらり、悠長な時間の流れを体感しました。

蛇使いや猿回しなど、インドの代表的な大道芸人の人たちも呼ばれていました。コブラって、カレイかヒラメのように薄いんです。首に巻いてもらって記念撮影するひともいて、ぜんぜん怖くありません。毒牙は抜かれているのでしょうか?
他には、インド料理を作って試食する部屋、インド音楽の楽器を体験するコーナーなどがありました。幼稚園の園舎でも、ブレッドパコラがふるまわれ、辛くないインド料理は園児にも好評でした。(パコラは、ひよこ豆の粉を溶いて各種お野菜にからめ揚げたもので、インドの天ぷらみたいなものです。ブレッドパコラとは、サンドイッチをそのままパコラにして揚げた三角形のユニークな揚げもの。腹ペコな時、ごきげんなスナックです。インドの街ならどこでも、ニューデリー空港でも食べられます)
 最後は、メヘンディー。インド女性のオシャレといえば、これ。
ヘナの粉を溶いたものを細く絞り出して、手や腕を染めつけます。数時間してから洗い流すと、鮮やかなオレンジがかった褐色に染まっています。
伝統的なペイズリーなどの柄が、たったの1~2分で絞り出されます。職人さんが待機している部屋の他に、学校児童が自分でデザインし、自分で自分の手に絞り出す体験コーナーもあり、とても面白く拝見しました。
こうした異文化体験を幼いころから出来る子供たちは、幸せだなぁ、と思いました。

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2010年1月20日水曜日

初帰国で仕切り直し。またインドでがんばります!

あけましておめでとうございます。(ってもうすぐ2月ですが…)
初の日本一時帰国は、いろんな意味で考えさせられる滞在でした。
無事にインドに帰ってこられて嬉しいです。

PEHくんがまず、帰国早々熱を出し、一週間寝込んでしまいました。
やはり3才の子にとっては、夜行便で8・5時間の移動はきつかったようです。
夜行バスや、品川発大垣行き夜行列車(今もあるのか不明)みたいに、眠れそうで眠れません!!
何度も起きてPEHくん、超不機嫌で成田に早朝到着。TOKOも結局眠れませんでしたが、体力があるので無事クリア。
クリスマスを実家(父が牧師なので教会がすぐ近くです)で過ごすのを楽しみにしていたのに、PEHくんと私は外に出られませんでした。

24日イヴの燭火礼拝(キャンドルサービス)、PEHくんと私はやむなく欠席。
TOKOは出席し、大きいキャンドルから会衆ひとりひとりの小さいキャンドルに点灯していく天使(白いケープを着用)の役をいただき、いい思い出ができました。
幼いころの教会での美しい思い出は、いまでも私の宝物なので、今回TOKOがそれを経験できて本当によかったです。
翌日25日の幼稚園(教会の幼稚園)での子供クリスマス会にも、TOKOは参加できました。
地元の小学生も参加する賑やかな会です。知っている子は一人もいませんでしたが、祖父母が一緒なので安心して楽しめたようです。

さて、PEHくんですが…風邪が治り、26日に雪が嬉しくてTOKOと雪遊びをしました。
小さな雪山をズボッズボッと一足ごとに長靴で頑張って上り下りし、翌日、激しい筋肉痛になってしまいました。おまけに首周りの筋肉が炎症をおこし(これは後で判明)、頭が左下を向いたまま固まってしまったのです。28日なんとかえいちゃんの実家、新潟に移動したものの、1月2日までほぼ寝たきり状態でした。
何とか足の痛みが取れ、立って歩けるようになったところでもう富山に移動しなければなりませんでした。
えいちゃんのご両親には多大な心配をお掛けし、まるで心配させに帰ったようで、申し訳なかったです。

1日の電車が雪で全面運休になったため、2日のANAに乗れず、3日のJALも乗れないことになり、10日のフライトをとりなおしました。2日の電車で再び富山に移動。
だいぶ良くなってきたものの、左首、左手、左足に痛みを訴えるので、4日に総合病院の小児科を受診、
「う~ん、第一頸椎と第二頸椎がずれている可能性があります。もしそうだと、入院して手術が必要です」と言われ、フリーズ。整形外科で首のレントゲンを撮り、何でもないことがわかり、本当にほっとしました。診断結果は、強度の全身筋肉痛。

一週間寝込んだ後だったので、筋力が衰えていたのに急に運動したのがいけなかったのだと思いますが、もうひとつ思い当たる節が…
この数カ月のインド生活で、すでに全身の筋力が衰えていたことは否めません。なにしろ歩かない生活なのです。どこへいくにもドライバーの運転する車に乗って移動。安心して親子で散歩できる環境ではないので、致し方ないのですが…

何年もインドに滞在している外国人は骨が折れやすくなります。重力に逆らって歩くことをしないでいると、骨密度が脆くなっていくのです。歩く代わりに、何かしらのスポーツをすることで体力維持をはかる必要があります。
インドの酷暑の夏は、外にいたら危険だし(水泳は半年間も楽しめますが)、お外での自由遊びが楽しめるのは、この短い冬の間だけです。朝夕は10℃なかったりして寒いのですが、日中はぽかぽか陽気でお外遊びにちょうどいい。

そんな訳で、最近は幼稚園の降園後は、2時間ほど学校のグラウンドでお友達と遊ばせてから帰るようにしています。補助輪つきの自転車を校庭狭しと乗り回したり、どろんこ遊びをしたり、キックボードをしたり、子供トロッコで砂を運んだり、男の子らしい内容のごっこ遊びを友達と展開していたり(大型遊具の内側の空間をロケットに見立てて、みんなで宇宙に飛び立ってみたりしてます!)とても楽しそうです。こうやってお外で体を動かして夢中で遊ぶことの大切さを、しみじみ実感。
日本にいたころは、公園はしごなんて当たり前だったのに、ここでは、自分の足で歩くことで景色が変わっていく体験をさせてあげることができません。頑張って目的地まで歩くことで自然と忍耐力が養われるのに、子供には申し訳ないなぁと思います。

PEHくん筋肉痛事件の顛末をまだお話していませんでした。
ただの筋肉痛と分かったとはいえ、首が曲がってまっすぐ前を向けないままのPEHくん。
このままではインドに帰れません!
母の勧めで、7日、接骨院に行ってみることになりました。
雪国北陸では、大きな接骨院がたくさん繁盛しています。春先になると、冬の間の雪おろし雪かきで痛んだ身体のメンテナンスに沢山の人が訪れるとか。
評判のいい接骨院の先生にPEHくんもみていただきました。恰幅のいい、元柔道家の先生は、丹念に横たわったPEHくんの身体を触診。整体治療のように、左右に首を回し、身体を捻っただけで、治してしまいました。
起き上ったら、首がまっすぐになっていたのにはびっくり。PEHくんが一番驚いていたようです。
元気になったとたん、いつものようにうるさいくらいのお喋りなPEHくんに戻り、実家の両親を喜ばせていました。

こういうことがあると、子供は元気でいてくれるだけでいい、と心の底から思えます。
生かされているだけで幸せ、という謙虚な気持ちを思い出し、インドに戻るにあたって、余計な思い煩いがなくなり、再スタートを切るために相応しい真っさらな凛とした気持ちになりました。
PEHくんが全快したことで、本当に心が明るくなったのです。TOKOもとても喜びました。
TOKOちゃん、PEHくん、またインドで頑張れそうだね!
羽田空港まで会いに来てくれた、TOKOのお友達Mちゃん、Mちゃんママ、ほんとにどうもありがとう!成田出発までサポートしに来てくれた妹にも感謝。

2010年は一体どんな年になるのでしょう?
皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。